ある鬼の話

彼女を彼が助けたのは偶然であったかもしれない。
彼女は数多の救った命の一つにすぎなかったのかもしれない。
彼女にとって彼はたった一人の命の恩人であった。
彼女は憧れた。彼のその強さに。
彼女は憬れた。彼のその眼差しに。
彼女は焦がれた。彼の眼差しに映ることを。
彼女は強くなった。夢の為に。
彼女は彼の隣に並べるほど強くなった。


彼女の願いはかなわない。
彼女が隣にいても彼の瞳には映らない。
彼女の代わりに映るものがあるから。
彼女は数多の仲間の一つにすぎなかったから。
彼女の中に闇が生まれる。


彼女は彼を手にかけた。
彼女は彼に刻まれる唯一の手段。
彼女が望んだカタチ。
彼女は失った。
彼女は彼を失った。
彼女は自分を失った。
彼女はすべてを失った。


彼女は鬼になるしかなかった。