私が彼女にあったのは世界が壊れ始めてからしばらくしてからのことだった。
といっても実際にであったわけでない。
「はじめまして」
仮面の男が持ってきたモニターに映ったのは銀色の髪をした少女だった。外見は未成年に見える。だがその声と表情はその器とは違う時の産物だ。
「ドミノさんですね。わたしは・・・、そう、月の女王と呼んでください」
「で、その月の女王さまがなんの御用ですか?」
「話が早くて助かります。実は・・・」
彼女の語る話は大変興味深いものだった。八つの世界と冥魔の侵攻、そしてこの世界の現状。魔剣をほうっておけば滅びに向かうのは必然であり、それは第二世界だけではなく他の世界をも巻き込むこと。
「それはなんとしても避けねばなりません」
守護者と名乗る少女はそう締めくくった。
他の世界があるのは知っている。スパンド船団の話は幼いころから何度も聞かされたし、第二陣が出るようなら立候補しようとも思っていた。
そして冥魔の怖さと強さも良く知っている・・・。
「で、私になんのようですか?」
彼女は肝心のことを話していない。今世界が危機に瀕しているのはわかった。彼女がそれを憂い、活動していることも。
だから、だからなんなのだ?
「わたしは守護者として世界に干渉することはできません。それは禁じられているのです」
「だから私に代わりに世界を救えと?」
ただの商人の私に? ムリだ。私にはなにもない。国の復興を願う少女を助けるような心も、兄を救うため戦いに身を投じる勇気も、混乱した世界を守るための力も、己の欲を満たす為に動く欲望さえも持ってない。
だれでも英雄になれるわけではない。だれもが英雄に憬れるわけでもない。
人には相応の器というものがあるのだ。
「わたしは守護者です。世界の命運に係わることはできません。勇者に剣を与えることも賢者に智恵を授けることもできません」
彼女の微笑みの下に見えたのは苦悩と任ずるにはあまりにもうがちすぎだろうか。
万能に近い力を持ちながらそれを振るうことができず見守るしかできないもどかしさ。
それが垣間見えた気がした。
それさえも演技かもしれない。
だが・・・。
「ここに一隻の船があります」
彼女は唐突に切り出した。極上の笑みを浮かべて。
「実は商売を始めようと思いまして。ええ、別に世界を救うつもりなんて全然ありません。あくまでも個人的なお小遣い稼ぎですよ。
各世界を飛び回って手広くやろうと思っていたのですが、残念ながら商売をしたことがなくて困っています。
で、偶然行商人であるドミノさんの噂を聞きましてこうして連絡をさせていただきました」
「ほう、それはそれは」
「いかがですか? 悪い話ではないと思うのですが。当然ながらクルーの選出はそちらに一任します。そうですね、できれば異世界の事情に詳しい人が何人かいてくれたほうが・・・」
彼女の声を聞きながら私は声を出さずに笑い出していた。
まいった。完敗だ。
これが守護者か。
これが月の女王か!
異世界にはこんな奴らがいるのか!
例えその正体が天使の顔をした悪魔でもかまわない。
悪魔と取り引きして成功した奴はごまんといる。
破滅した奴はその千倍を数えるがそんなことはしったこっちゃない。
ようは悪魔を出し抜けばいいだけのこと。
少なくともそれは勇者じゃなくてもできる簡単な仕事だ。